2015年 5月16日〜31日
4月16日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスは言った。

『それを証言する人は?』

「いない」

『エレベーターに乗った?』

「同じ階だから、乗ってない」

『フロアは無人?』

「らしい」

『なんでルークに会わずに帰った?』

「騒ぎがおきたから、あわてたって」

『無人じゃないじゃん』

「あ」

『――ラインハルト、その妄想患者につきあう義理あるのか』

「……」

 おれは苦笑した。クリスにはわかるまい。

「パズルだよ。ヒマつぶし。おまえ好きだろ」

『おれはヒマじゃないんだが』

「いいから、情報流してよ。あそこの検事局のえらいさんと知り合いなんだろ」


5月17日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスから情報が来た。

『リネン室と業務用エレベーターから小麦粉が出た』

「なにそれ」

『小麦粉だよ。パンを作る』

 意味がわからん。

「なんか関係あるのか」

『わからないが、エレベーターはルークのいるフロアにもつながっている』

「はあ。ほかには」

『チャイナ・マフィアはその時間、NYにいた』

「……たしかなの?」

『女と飯を食ってた。証人もいる。本人曰く、パムとの交際は円満に終わっているそうだ』


5月18日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 チャイナ・マフィアはNYにいた。
 グウィンに言うと、彼は色をなした。

「マフィアだぜ。正直にしゃべると思うのか、まぬけ!」

「だが、NYにいたのは事実だ」

「やつには何百人も中国人の部下がいるんだ」

「でも、あんたはホテルでやつを見たと言った」

 グウィンの目がうろたえた。

「つけまわしているのは本当だ。同じ日本車をおれは駐車場で見た」

「……日本と中国は別の国だって知ってるか?」


5月19日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンはにわかに激昂した。

「おまえ、信じねえのかよ!」

「何を信じろってんだよ。ウソばっかじゃないか」

 おれも怒鳴った。

「酔っ払って寝てた。ウソ。心配になってルークに会いにいってた。でも、透明人間みたいに誰にも見られなかった。そのくせ、銃撃騒ぎが起きたのは知ってて、そそくさと帰った。犯人はチャイナ。ウソ。そいつはNYでデート」

「帰れ!」

 グウィンはわめいた。

「信じねえなら、話しても無駄だ。クソドイツ! 能無し! ジャガイモ持って、ドイツに帰れ!」


5月20日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスではないが、アホらしくなってきた。
 やつはこんなとこまで来て、ウソついてどうするのか。ヴィラが同情して力を貸すとでも思うのか。

 少し頭がおかしいのか、と思った時、電話が鳴った。

『ラインハルト。下に俳優のバーロウが』

(!)

 電話のむこうで騒ぎが聞こえる。警備係が、勝手にいかないで、と叫んでいる。
 あわててエレベーターで降りると、グウィンが床に倒れ、泣きわめいていた。

「レイ! レイ! おれを見捨てないでくれ!」

(あああ)

 見るに耐えない。こいつは、おれか。


5月21日 ラインハルト〔ラインハルト〕

「ルークを愛してるんだ」

 グウィンは毛布をかぶって、めそめそ泣いた。

「あいつに嫌われたくない。親父にも見捨てられた。おれにはあいつしかいない」

「じゃ、なぜ撃ったんだよ」

「撃ってない! ほんとに撃ってねえんだ」

 わめいた口に洟が垂れる。おれはティッシュを押しやり、

「じゃ、何してた」

「……寝てた」

「――」

「寝てたんだよ。おれは寝てた! きっと風邪薬が効いたんだ」

 おれは嘆息した。

「じゃ、裁判には勝てないな。今さら尿検査しても、薬物は出てこないし、医者にも行ってないんだろ」


5月22日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 ラインハルトがめずらしくダイニングで書きものをしている。

 グウィンの事件についてだろう。
 彼はまめにグウィンと会い、話を聞いている。

 あまりクビをつっこんで欲しくない。グウィンの狙いは、ヴィラの力で捜査を封じることだ。
 だが、ヴィラの力は、ヴィラ内で主人が死亡した時などに情報を操作するためのもので、個人の犯罪のもみ消しに使うものではない。

 ラインハルトが出かけた後、テーブルのメモを見ておれは顔をしかめた。

『録音内容は書き起こした。おれはお手上げ。あとよろしく』


5月23日  ペドロ〔護民官府職員・未出〕

 クマ人形が分析から戻ってきた。

「何も出ませんでした」

 おれはウォルフのデスクの上に、プラスチックのカップに入った綿の塊を置いた。
 クマは布と綿に戻っていた。

「リボンも、刺繍もすべて何もナシ。一応、成分分析にもかけましたが、薬物などは出ていません」

「この糸は」

 綿のなかにピンクの糸がまじっている。

「刺繍糸ですね。何もねじりこまれてなかったそうです。メッセージは、『ラブソング・フォーユー』」

 ふーん、とウォルフはプラスチックカップをもてあそび、考えていた。


5月24日 ペドロ〔護民官府職員・未出〕 

 ミッレペダからの情報が遅い。
 ジェリーがイライラと電話を切った。

「ミッレペダは何かやらかしたぞ」

「――刺青の男は見つからないのか?」

「あの整備工場にはもういない。あそこは犯罪者どもの避難シェルターだったんだ」

 犯罪者なのか。ハルの友だちはそういう人種なのか。
 おれはいぶかった。

「鎖の刺青なんて目立つしるしがあるのに、まだ見つからないなんてことがあるかよ」

「見つかってんだよ。だが、やつら言わないんだ! チョンボをやったんだ」

 その時、犬の主人マルコムから電話が入った。


5月25日 ペドロ〔護民官府職員・未出〕

『思い出したことがある』

 犬の主人、絵描きのマルコムは小声で言った。

『ぼくがロンドンに出かける一日か二日前に、ハルに電話があったんだ』

「!」

『誰からかわからない。ぼくは中庭にいて、最初、ハルの声かと思ったんだよ。でも、話し方がちがうし、声がラジオみたいな――電話をハンズフリーで話している声だった』

「ハルは誰と話していたと?」

『さっき聞いたが、ひとりごとだそうだ』

「調べます」

 おれはすぐに通信管理部門に連絡をいれた。
 だが、誰からも通信は入っていなかった。


5月26日 ペドロ〔護民官府職員・未出〕

 ジェリーが興奮から早口に言った。

「ヤヌスのほうから米国の犯罪者データに入った。あの刺青は、鎖じゃねえ。ヒドラだ。右手にヒドラを描いているアホを探したら、カンタンに出てきた。あいつはアレだ。ネバダの脱獄囚。カイン・ホーストっていう、宝石ドロだ」

「!」

 看守の制服を作って、脱獄した男だ。

「仲間とでかい宝石店を襲った。が、仲間割れして、ひとり殺ったらしい。もうひとりの仲間に差されて、ふんづかまったんだ」

 ウォルフがオフィスから出てきた。

「安全ピン持っているか」


5月27日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンのドムスに出向くと、ルーク・ノーマンがすでに来ていた。
 
 おれが人づてにグウィンの無実を証明すると言ったら、彼は来た。だが、グウィンとは目も合わせない。

「ノーマン様、撃たれたボディガードはどうしました?」

「ルークと呼んでくれ。フランクにいこう。ラインハルト。ボディガードは、辞職したよ。ケガが治るまで面倒を見るといったんだが、故郷に帰った」

「そうですか」

 おれは言った。

「じゃあ、フランクに。この会は非公式だからね。聞いてどうするかはきみらで決めてくれ」


5月28日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 おれはウォルフから聞いた話をした。

「まず、あんたがたふたりは、仲違いをしていた。だが、グウィンはわざわざ、あんたと同じホテルに泊まった。未練たっぷりだ」

「もう違うよ、クソバカ」

 グウィンは口をはさんだ。

「先に聞け。クソアホ」

 おれもフランクに応じた。

「で、事件が起きた。テラスで食事をするルークに二発の弾丸。ひとつは気の毒なボディガードに当たった。グウィンの部屋からだ。だが、グウィンは撃ってないという。寝ていたんだと。誰かが踏み入ってきて、撃って出ていったと」


5月29日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 おれはルークに言った。

「信じられる?」

「そこまでピュアになれんな」

「だが、彼はそう主張するんだ。で、ウォルフ――探偵は考えた。

1、それは真実。薬を飲んでいたかで目覚めなかった。

2、グウィンは犯人とグルだった。

3、グウィンは外に出ていたが、都合が悪いので言えない」


「……」

「薬を飲まされていたなら、グウィンがここに逃げる必要はまったくなかった。自分で飲んでいたとしたら、犯人がそんな彼を放置して、銃撃するわけがない。縛る。途中で起きて、邪魔されたらこまるからな」


5月30日  ラインハルト〔ラインハルト〕

「2、グルだったとする。グルだったら、わざわざグウィンが同席する必要があるか? 自分に疑いがむかないように、それこそNYにでも逃げるべきだろ。つまり、3、グウィンは外にいた」

「パパラッチさ!」

 グウィンはわめいた。

「パパラッチ。前やったろ! おまえがおれのマヌケな寝顔の写真を売ったやつ。あれの仕返しだ!」

「あれは」

 ルークも言い返した。

「おまえがそもそも、おれのケツを撮って――」

 ちがいます、とおれは声を張った。

「ケツは関係ない。グウィン。自分で言わないのか」


5月31日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 おれはグウィンを見た。

 グウィまたビールに手をのばし、飲み下す。
 しかたない。

「グウィンは外にいた。その間に犯人が入り込んで、ボディガードを撃った。おそらく日本車の男だ。そして帰った。いまの話、へんだと思わない?」

「――」

 ルークはすでに質問コーナーに苛立っていた。

「ボディガードを撃ったんだぜ? きみじゃなく。きみらはそんなにくっついて、食事していたのか」

「彼は、部屋にいた。グラスが吹っ飛んだのを見て、出てきたんだ」

「そのためにグラスをふっ飛ばしたんだよ」


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